2010年01月10日
消えちゃった・・・(おねえちゃん)
昨日の続きを書こうとしたら、全部書いたあとで
全部消えちゃいました

きっと、神様が内容を変更するようにって言ったんだと思います。
でも昨日はアクセスもコメントも沢山いただきまして
世の中の関心の高さがうかがえました
おねえちゃんはJALに入った時
場違いで震えたと同時に
染まってはいけないというなんだか相反する感情を持ちました

それは育った環境と生きてきた感触からくるものでしょうか?
でもたった4年間の勤務を終えて手元に残ったものを見て愕然としました
しっかり染まってました

JALがこうなって同僚と話した時
「ね~つぶしたの私達だよね

って話したら
「え?

って驚くもんで、
「タクシー代計算してごらんよ」
と、電卓はじいたら桁が足りなかった
初めてまともなお給料をもらった時
こんなにもらっていいのかとびっくりしました
だけど、悲しいかな人間はその世界に染まってしまうものですね

会社を辞めて主婦になってからは平常心に戻るのに
そんなに時間はかかりませんでした。
そこんとこ、親に感謝しています

だから、弟のお嫁さんに
「おねえさん、どうやってやりよるん?」
妹には
「おねえちゃん、もうちょっとその格好どうにかしたら?

同期には
「とても元CAには見えないね

あげくのはてには生協のおにいちゃんに
「Sさんは外車乗って、ジムとかに行かないんですか?
僕の知ってる人はみんなそうしてますよ」
な~んて言われて、やっと自分に戻ったんだなと思いました
でも、今この仕事をやっていけるのも
JALでいろんな国のいろんなものを見せてもらって
やっぱり日本の着物や帯にかなうものはなかったと
経験から実感できるからです
ブログには書けない困難や辛い思いをした時、
とてつもなく多くの方に助けられっぱなしでも
なんとかやり続けようと思えるのも
みんなJALでの原点があるからです
だから、おねえちゃんはJALでお客様に怒られた時や喜ばれたことも
全部ひっくるめて(全てが肥やしになってます)
この仕事で世の中の人にご恩返しや罪滅ぼしのほんのちょっぴりが
できるといいなと思っています

もし、くじけてしまったら、
やっぱ口だけの根性なしだったと笑ってください

JALの株が紙切れになっても
最後まで売れなかった理由です

でもマイレージは・・・

って、またそこかい?